ガロと人生の話

先日の阿佐ヶ谷ロフトのイベント『マンガのハナシ』の終盤、涙が出そうな場面があった。

室井大資先生と、壇上に上がられた担当編集Aさんの並んだ姿が「人と人」であったからだ。忘れたくない光景だったのだけれど、23時まで飲み続けたおかげでぼやけており、台無しである。

帰宅早々、気が付いたらガロを手に取っていた。私にとっての特別な本だ。



私がねこぢるうどんと出会ったのは小学校二年生のときである。「兄貴が教えてくれた面白いアニメがある」と、幼馴染がリモコンの再生ボタンを押した先の画面に映ったアニメがそれだった。

しばらく時間が経ち、高校生になると携帯を持った。あのネコのアニメはなんだったのだろうか。当時ネット掲示板に張り付いていた私は、その狭い世界の中ばかりにいたのだけれど、気になって調べてみることにした。
ねこぢると知った次いでに、ガロという雑誌の存在を知った。当時は今ほどネットショッピングが普及しておらず、オークションが多かった。私も高校生だったので、ガロそのものを手に入れることはできず、連載をしている先生方の漫画をブックオフで探すようになった。

王道中の王道だが、初めて手に取ったのはつげ義春先生の『ねじ式』だったと思う。


今まで読んでいた漫画とは明らかに違う、異質なものに殴られたような感覚だった。私がガロに興味を持ったのはそこからだ。



高校を卒業して、関西の大学へと進学した。
週6、7日働いて学費や生活費を稼ぎながらガロを一冊ずつ買い集めた。本棚にガロが並んでいくのを眺めることが特別な楽しみだったように思う。


私はイベンターになりたくて大学へと進学したのだが、いざ就職活動を始めると、すぐ「募集対象、四年制大学卒業以上」の壁にぶつかった。
そもそも、やりたいことはあっても何のイベントがやりたいのかも分からず、どの会社を受けたらいいのか途方に暮れてしまって、間もなく就職活動をやめた。卒業したら上京しようとだけ決めて、何の不安もなく。今振り返れば能天気もいいとこだ。

しかしながら、生活費と引っ越し費用で貯金は当然尽きてしまっていて、弟の進学のための上京に合わせてアパートに上がりこむ計画だったので、泣きながらガロを処分した。

上京後はハローワークへ通い、イベンターに近そうな仕事を片っ端から探した。偶然なのか必然なのか、二週間ほど通ったある日、ガロの作家と関われるかもしれない会社の求人と出会えたのである。根拠も何にもなかったが、受かる気しかせず、面接へ行き翌日には電話で内定をもらった。実際に、林静一先生とはお会いすることができて、ひとしきり泣いた。
「好きな人やものを、後世に残すために仕事をしたい」とストンと落ちた感覚があったのはこのときだ。



なぜガロが10代の学生であった私を打ちのめしたのだろうか。

ガロは、「人そのもの」だったからだと思う。作家も、編集も。そこに宿されていたエネルギーも。



白取さんのことを知ったのも、おそらく20、21歳そこそこのときだ。『白取特急検車場【闘病バージョン】』の中でガロ的編集道について書かれた回があるのだが、私はこの記事に出会ってから、ずっとブックマークを離したことはない。


無から作品を生み出す作家の才能というものを尊敬し第一と考えること
編集はあくまでその作品を世の中に送り出すサポーターであり良きアドバイザであること
作品は商業的成功=売れることが望ましいのは言うまでもないが、それを最優先にして作家に強制したり、混乱・疲弊させるのは以ての外であること


演劇制作という、出版業界で言えば「編集者」に近い立場になって以降、その職を離れてからもずっと心に留めている。


一年後には、いわゆるテレビや映画に出ている芸能人を起用するような会社へと転職をしたのだが、根本的なことは何にも変わっていない。
同じようなことを当時の社長にも言われたし、「作家(演出家や役者)がつくった作品が売れないのは、あなたたち制作の力不足以外の何物でもない」と事あるごとに怒鳴られた。「面白い作品だから売れるんじゃない、面白いことが伝わってこそ売れるのだ」と。


もう本職ではなくなったから、こういうことを書いている。
でも、やりたいことはまだ持っているし、今もやりたいようにやっている。
飯が食えないと、何にもならない。飯は食わないといけない。



一つだけ確実に言えることは、「ガロがあって、私の今がある」ということだ。

あのときガロに出会っていなかったら、演劇の世界に出会っていなかったし、長井さんや白取さんの存在を知ることもできなかった。学生の頃にmixiを通じて知り合った男性のおかげで大学も辞めずに済んだし、なめくじ長屋寄考録に辿りつくこともきっとなかったのではないかと思う。

漫画を通じて友達が欲しいわけではない。
そのために気を遣って縛られるなんて全くもって御免だ。
好きなものには誠実でありたいし、自由でありたい。


年内におおかみ書房から白取先生の半生を綴った自叙伝『全身編集者』が刊行される予定だ。
人生を変えてもらった一人として、生涯一編集者として生きられた白取さんの生涯を、少しでも知りたいと思う。
白取さんの魂に、一体何人の魂が合わさってこの本が完成となるのかと思うと、待つからだが震えて止まらない。